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日本神道と聖徳太子の十七条憲法 [宗教]

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神道は、日本統治の象徴、天皇の皇祖神であり、日本土着の宗教で、その心は、村落など生活を共にする者たちと共同の存続や繁栄を、八百万の神々に祈り崇める共同体宗教であります。

他方の仏教(本化仏教)は、個人の持つ全ての苦しみを解放して、自ら成仏を目指す、個人覚醒の宗教です。

神道は主神天照大神の下で働く八百万の神々を信仰する宗教であり、仏教は、本化法華経の法を信仰する宗教です。

6世紀(538年)に朝鮮百済から仏教が渡来しましたが、このことで、天皇中心の神道国家に、異国の仏教が絡み、従来の神道国家の宗教基盤が揺らぎ、神道統治の危機意識の高まりから、神道派の重鎮、物部(もののべ)馬子氏と、仏教派の重鎮、曽我守屋氏の対立となり、両派それぞれ皇子を擁立して、国家を二分する政権争いとなりました。

この戦いが、丁未の乱(ていびのらん)と言われるものです。

最終的に蘇我氏が物部氏に勝利し、勝者側の蘇我氏と聖徳太子を始めとする皇族方は、仏教の布教に力を入れ普及してゆきます。

が仏教は、聖徳太子の手で、皇室の皇祖神の神道と合わせて、神仏習合の精神を日本の民に広められて行きます。

聖徳太子は、神道と仏教の融合は、共同体と個人尊重の精神的融合を共存させ、個人と社会をより大切にし、豊かで安定した精神性の国民基盤の創生が出来ると考えて、太子は、推古天皇時代に、貴族や官僚など政治に関わる人々の道徳や心がけを説く、十七条憲法を制定して、神道と仏教の精神習合の国創りをしたのです。

十七条憲法には、
一条、和を以て貴しとなす。(神道精神を貴ぶこと)
二条、篤(あつ)く三宝を敬え。三宝とは、仏、法、僧なり。(仏教精神を貴ぶこと)
三条、詔(みことのり)を受けては必ず謹め。(天皇を貴ぶこと)
十七条、物事は一人で判断してはいけない。特に重大な事柄は、必ずみんなで論議して判断しなさい。(民主主義の和)

日本精神の伝統は、古来よりの天皇を中心とする神道の八百万の神々(他者)の意見と民(自身)を尊重し、仏教伝来による利他の意見を合わせて尊重する、寛容の統治に進化したとものと言えます。

このことは、戦後のGHQが、憲法を変え、天皇制日本に西洋の「民主主義」を持ち込んで近代化しようとしましたが、日本は古来より「和」を貴ぶ「民主主義」の国家であったことが、歴史的に証明されているのです。


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